毎日の社会で起きたこと

毎日の社会で起きたこと 毎日の社会で起きること 毎日の社会に起きたこと 毎日の世界で起きたこと 毎日の世界に起きること 毎日どこかで起きたこと 毎日どこかで起きること 昨日どこかで起きたこと 明日もどこかで起きること 人知れず起きていること いつかあなたにも起きるかも知れないこと 毎日の社会で起きたこと

パウエル発言の真意、政治か金融か


www.nikkei.com

 

 中央銀行ができることには当然ながら限界がある。

 これまで、まるでそれを忘れたかのように先進各国は金融政策に頼ってきた。

 

 金融政策は政治的にニュートラルだという了解があったから、これまでやりやすかったというのがあるだろう。

 だからここまでのジャブジャブの状態が続いた。

 そこで言われたのが「出口戦略」だ。

 

 小池の言う言葉はそれを流用に過ぎないが、小池がこれをわざわざ使う意味は注意すべきだろう。

 政策もまたニュートラルだと言いたい心理があるからだ。

 しかしそれは嘘だ。

 

 命を救うにしても優先順位はつけねばならない。

 ごまかし続けることには限界がある。

 

 例えばキャバクラやソープランド、グレーな産業に休業補償を与えるのか、どうか。

 売春婦に行政が金銭的支援を行うことが容認できるのか、どうか。

 この議論はずっとウヤムヤにされてきたが、もはや限界ではないのか。

 

 感情論やポシジョントークプロパガンダばかりが紛れ込んでいる。

 

 今はコロナのために、金融政策と財政政策の軸足が逆の動きになりつつある。

 経済を止めたのが政策当局なら、そこから回復させるのもまた政策当局ということになるからだ。

 それは決してニュートラルなものとはならない。

 国民のストックは毀損している。

 それは他の国では普通のことだが日本はそれを認容できるのか。

 

 

 
 パウエルの発言は別に市場に冷や水をかけたというわけではないだろう。

 その覚悟を戒めたと考えられる。

 

 トランプでなければどうなることか。

 

 FRBがどんなに工夫をしたところで、止まった経済をもう一度回転させるキッカケは政策発動以外には得られないからだ。

 

 

 その対応が遅れれば金融市場が再び膨れ上がり、実体経済が悪化するほどの歪みが生じてしまうだろう。

 

 このことでは日本はまた周回遅れになりつつあるようだ。

 知らん顔をしているが、実体は悪いのは事実なのだ。

 決算ごとに驚いたフリをし、静かに暗さが忍び寄る。

 

   短期的には、VIXはまた上昇に転じるはずだ。

 

  このまま金融市場を歪ませるか、それとも実体を牽引させられるか、正念場だ。

 


 今の状態は日本の政策当局にとっても心地よいかも知れないがまやかしだ。

 小池も吉村もハシャいでいる場合ではない。

 

 頼りにされている、注目を集めていると、どんな対策をしても直接批判を受けることは少ないと安心しきっている。

 批判する方はいつも揚げ足取りでしかなかったから、今回はコロナだの人命だのがあって批判する方が冷たい目で見られてしまう。

 特にやりやすいだろう。


 
 しかし、この狂乱の集団ヒステリーで誰が得をしているのか見た方がいい。

 

 結局は自分頼みだ。