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毎日の社会で起きたこと

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マスコミ出身の「教授」を名乗る連中

 マスコミに時々、偏向報道にハクをつけるための目的や世論誘導のため、「大学教授」と言うものが登場します。

 

 たいてい聞いたことのないFランクどころかHランクというような最低の大学。

 あんな大学を受けるくらいなら普通に就職したほうがいいでしょう。

 

 

 親は四年間の遊びをさせてやるつもりなんでしょうが、関わるだけで人間が汚れます。

 どうしようもない人間になることを保障いたします(笑)。

 

 今の少子高齢化の時代、少し勉強すれば六大学どころか国立でも通ります。

 そして国立は授業料が安い。それだけ。

 受験勉強さえできず、競争から逃げてきたような子供を世間が評価するわけがありません。

 

 悪いことは言いません。

 格の低い大学の受験など絶対に辞めるべきです。

 

 

 さて、そんなどうしようもない低ランクの大学ですが、そこの教授という連中がよくテレビや既成マスコミのコメンテーターとして登場しています。

 

 そのほとんどが前はマスコミ関係者だった連中です。

 そして聞いたこともないクソ大学です。

 まだ若いのですが、たいていみな「教授」を名乗っています。

 

  実はそのことだけで、彼らは研究者でも何でもなく、寄生虫のようにマスコミから「天下ってきた」連中と言うことがわかるのです。

 

 彼らは劣等で、当然専門的な知見も全くありません。

 彼らが言う事はほとんど嘘っぱちと思っておいた方がいい。

 聞くだけムダです。

 

 その彼らが劣等な連中である証拠をご説明しましょう。

 

 特にこれは人文系、文系の話です。

 自然科学系は研究費や設備というのが必要ですが、人文系というのは言葉だけ。

 よくも悪くも口先だけの商売です(笑)。

 

 

 

 日本の大学というのは、それこそ昔から派閥やムラ社会が幅を利かせてきました。

 その人事制度は腐敗しきっており、今更言うまでもありません。

 

 建前上は、若い研究者が大学院を修め、講師をしつつ研究や発表をしてキャリアを積み重ねてゆきます。

 准教授になっても講座を持ち、なおも研究を続けてゆきます。

 

 一方、新設の学部や大学が出来ると、そういう学校や新設学部は教える人材を揃えないといけなくなります。

 大学とて学生を集めて授業料を徴収するのが商売ですから、まずは色んなところに声をかけて講師のラインナップを用意しなくてはなりません。

 

 普通は、そういう時、どこか他の大学で講師をしている人、准教授をやっているような人に声をかけて引っ張ってきます。

 

 ただ、名前がまるで知られていない大学や学部です。なかなか来てくれる人などいません。

 そこでせいぜい待遇をよくし、三顧の礼で迎えようとスカウトするわけです。

 研究費や国外留学など様々な条件を出してきます。

 そして最後には「肩書き」です。

 

 この時、どこかで講師をしていた若い研究者が、もし、クソ大学の「教授」として迎えられたとしたらどうなるでしょうか。

 

 彼にはもう研究者としての先はなくなるのです。

 

 つまり、早稲田や慶応、六大学、少なくとも自分のいる大学より格上の大学に移って教授になるということはできなくなります。

 

 いくら法政でもw、うんちゃら新設大学で教授をやっていた人が移ってきて、いきなり教授というわけにはゆきません。

 すでに老人たちが大学では教授として幅を利かせています。

 格が違う、実績が違うというわけです。

 

 だからと言って、外から呼んできた彼らを「准教授」や「講師」に格下げさせるわけにもゆきません。

 それでは法政大がうんちゃら新設大学に失礼だということになってしまいます。

 彼らは同じ業界として馴れ合ってもいます。それは今回の騒動でもわかると思います。

 

 そうなると、そんなうんちゃら新設大学でやっていた人など格上の大学はそうそう受け入れられるわけがありません。

 せいぜい講師でゲストでどうですかというぐらいです。

 

 だから、若くてまだ先があり、バリバリ研究や発表をして、働く場所をどんどん広げてゆきたいなどと考えているような人は、普通は教授にはなりません。

 教授というポジションは最後のポジションなのです。

 

 どこから誘いがあったとしても、格のあるところでなければ、先のある研究者は「教授」なんてポジションはまず引き受けないものなのです。

 

 つまり、「終わっている人しかクソ大学の教授にはならない。」という事実です。

 

 しかし、若いのにそんなクソ大学の教授だとしたら?

 ご自分ですでに終わっていることを自認していた人ということになります。

 そのぐらいしか先のない人間ということです。

 

 マスコミで記者をやっていた程度のチンピラ風情が、大学に偉そうに「教授」なんて肩書きで潜り込むのですから、もともと「先」などあるはずもありません。

 「そのぐらいで妥協してはどうか」、そういうことなのです。

 

 だから、テレビなどで、なんとか大学の教授、前はどこぞのマスコミで記者や編集者をやってたなんてのが出てきて偉そうなことを言ってますが、それがどれだけ劣等でしょうもない連中かと言うことはその肩書きだけで明らかなのです。

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 彼らが年齢に相応しくなく、「教授」なんていう肩書きを平然と名乗っているだけで分かってしまうことなのです。

 

 あの慰安婦捏造報道を行った記者、植村記者というのも天下りし、北海道で一時は「教授」をやっていました。

 

 

 

 

 

 彼は現在は韓国に移り、「教授」として立派に暮らしています(笑)。

 

 もちろん、そんな大学を卒業したことはとても人には言えません(笑)。