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世論操作のための架空ユーザー、その記事流通の流れ


jp.reuters.com

 

 フェイクユーザーと言うべき、「架空の人物がネットででっち上げられている」というこの記事には、もっと深い説明を加えることができる。 詳細を記述する。

 

 どこに何があってどうしたか、事実だけでは困る。

 その本質が語られないのでは全容は分からない。それでも、その解説自体がコジツケ、偏ってしまっている今のマスコミのことを考えれば、こんなロイターの記事は良質だと言えるかも知れないが。

 

   ・ ・ ・ ・ ・ 

 まず、人物像が設定され、実在しない人物がでっち上げられ、狭いコミュニティなどでひっそりとキャラが作り上げられてゆく。

 その存在はスリーパーのように必要になった時のためにひたすら出番を待つ。

 

 死んだようなアバター、テンプレとニックネームだけで真っ白のサイトやブログ、誰も手を掛けていないように見えるホームページなどに誰しも覚えがあるだろう。

 

 作られたフェイクユーザーは、最初はまるでアクティブでなく、イタズラやノイズのように見える。

 ヤジ馬のようで発言はまるで記憶に残らない。

 だが妙にハンドルネームが明確で、存在感を出そうとしているように見えるのが特徴的だ。

 

 発言が散発的にされたりしてはいるが、奇妙なことに後で振り返って見れば、このキャラの過去ログには主張というものがない。

 

 密かに運用する側は、発言への反応や共感、フォロワーの傾向を調べている。

 世論操作やネット工作をする上での役割とターゲットが決まるまで待つ。

 

 これがいつでも使える要員としていくつも育てられ、ネットに待機している。実在しないフェイクユーザーたちだ。

 このユーザーが売買されることさえある。

 

 

  ある日、いきなり身バレでもしそうな個人情報的なものとともに、そのユーザーがネットのコミュニティで活動をはじめ目立ち始める。

 そこがスタートだ。

 

 やがて波及効果の大きなポータルにこの人物の記事が掲載され工作が始まる。

 これまで目立った発言歴のないユーザーがいきなりポータルの前面に記事とともに躍り出る。

 あちこちでこのブログ記事が引用される。これをトラックバックという。「引用されている」という証拠だ。

 

 このユーザーのプロフィールははっきりしている。

 それが最大の強みだ。

 そして薄くてもネットには多少の履歴が残っている。

 


 ブログやツイートの世界で、見ず知らずの人に記事やツイートを読んでもらうということは大変なことだ。

 ブロガーの側にとっても、よく調べた情報でも訴訟リスクがあったり、身バレリスクがあったりして公開には限界があったりする。

 ところがこのフェイクユーザーは身バレを怖れない。「身バレ」とは個人が特定されてしまうことだ。

 


 また、なんとか有益な記事が公開できたとしても、それが検索されたり人々に発見されるのはまれだ。

 いくら一生懸命に書いても知られなければ記事は読まれない。

 

 よほど情報収集能力があるユーザー以外は、ネットを掘ってディープな情報を見つけることはできない。

 たいていのネットの読者は検索やポータルに掲載された目立ったものしか見ない。

 

 良質な記事といえども、ネットに埋もれたまま大きく注目されることはない。

 


 反対にこうしたフェイクユーザーは、もともと実在しないという利点がある。

 だからどんなプロフィールも、公開してもリスクはない。

  きわどい記事を書いてもリスクはない。注目されても問題は起きないのだ。

 

  このようなフェイクユーザーが使われるのは、ただ「実在している」という信頼を利用しようとするからだ。

 ネットではリアルなキャラクターとして認識されることは大事だ。

 俳優、学者、政治家、ミュージシャン、リアルな人物はネットの世界では貴重だ。だから注目を集めやすい。

 

  そのために注意をひきつけ、リスクを伴って公開された実名の記事として、ネットの大多数からは信頼されることになる。

 やけに生活感にあふれ、妙にパーソナリティーが強調され、身バレリスクがあるのにと、むしろ奇妙に感じるほどだ。

 

 

 普通はいくら良質な内容の記事でも、カネを検索サービスにわざわざ払うのでなければ世間からいきなり注目されるということはない。

 転載や記事を引用するポータルはメリットがあるから記事を使うのであって、「情報の質を監督する」かのような万能の神がいるわけではない。

 

 もちろん、わざわざカネを払ってまで自分の記事を読んでもらおうとするブロガーもいない。


 そうして、こういうフェイク連中の記事が突然に取り沙汰され、いきなり注目の記事としてネットに躍り出る。

 Buzzワード化するため同じキーワードをあちこちが同調するようにして一気に流れる。

 要するに情報を注目させることにカネが動いているのだ。

 

 

 そして固定観念を押し付けたり、ステレオタイプを決め付けるようなプロパガンダが行われる。

 何らかの意図を忍ばせ記事を使って世論を故意に誘導し、操作しようとする工作が行われる。

 

 確かな目で読めば、そこには実体がなく伝聞でしかなく、匿名の架空の事実情報でしかないことは一目瞭然だ。

 だが、たいていの情報リテラシーの不足した人々には分からない。

 

 記事を書いている人間が架空でないことをもって人々は信頼し、事実に裏打ちされた共通の認識や価値観があると勘違いする。

 「ここで書かれている匿名の大多数の意見は、匿名でない人間によって事実であることが裏付けられている」、と。


 これがネットによる情報工作だ。

 そんな架空のアバターが今のネットには溢れている。


 

 「ネッXXガーXィアン」という東証上場企業はこんなことを事業として行っている。

 彼らは煽りの書き込みもするし、企業活動や政府系の工作記事を流すことを公然と請負い、商売にしている。

 

 彼らのビジネスのガイドラインは、法令順守というものでしかなく、「言論活動の公正さ」や「情報の透明性」ではない。

 

 

 どんなにブログがイメージを撒き散らそうと、あくまで行動をするのは読者次第だ。

 だからこういうフェイク情報の発信者はまず共通の価値観があると、外堀を埋めようとする。

 

 それは「みなが同じ考えだ」ということを同調圧力にすることだ。

 みながその大多数の価値観があると認めるようにするのが目標となる。

 そうして読者の考えを、陳腐で安易な、パターン化したもので染めようとする。


 今現在で言えば、黒人差別はまだ残っているとか、常に偏見で黒人は見られているというものだ。

 今の黒人の話題は、まるでコロナ感染の話題を見るようだ。

 何も確定的な価値観でないことがただ広がっている。

 

 そしてトランプ大統領は差別主義者だとの刷り込みに世間を誘導してゆく。

 そこに至る結論への論理的連続性は実はない。

 

 多くの不快な情報が積み重ねられ、いきなりそこに「トランプ」と名前が出ればどうなるか。

 まるでトランプと人種差別がつながっているかのように感じられてしまう。

 

 もちろん、警官にやたらと歯向かう黒人が逮捕されることが差別なのかどうか、それはもはや論じられることはない。

 

 

 大衆はそうして操作される。

 


 少し前のこと、韓国人は「人気があるから再生される」などと平然と工作をし、その低劣なKポップをアメリカで認知させるため、YouTubeで数百億回という自作自演の再生をしたことがある。

 アメリカ人はこのフェイク再生をニュースとして取り上げ、韓国人は大いに嘲笑された。

 YouTubeはこのような行為を禁止行為とし、事後、ブロックすることになった。


 しかしまだネットにはこのKポップ自作自演事件が事実でないという記事が残っている。

 

 

 日本のLINEでも同じことがある。

 韓国企業であるLINEは韓国政府によってログが収集され、ドイツのサーバー収納されていると韓国諜報部幹部から公式な発言がされ、報道がされた。

 

 日本ではこれをいまだにデマと否定する人は多い。

 一度LINEを使い始めれば、なかなかそれを切れないし切りたくない。乗り換えるのは大変だ。

 だから事実もデマと思い込む。

 一度、黒人が差別されていると信じ込めば、どんなことも黒人差別のためと思い込む。それが楽なのだ。

 

 すべてが同じ手法だ。

 

 Kポップの場合、韓国人に騙された踊らされたという韓国への批判がネットに出ることがないよう、その事実を糊塗する工作記事が残り続けている。

 

 このところトランプ大統領が韓国への批判を繰り返しているというニュースが流れているが、大統領選には有利な事実かも知れない。

 韓国人はアメリカではタブーと言えるほど厄介な問題が多いからだ。

 

 

 こうした記事のいくつかは、記事の広告収入で自分の記事のリスティングをまかなっている。

 そしてただ広く読まれるだけのために存在するようになる。

 記事自身による自動的な自作自演だ。

 

 わずかに入ってくる広告収入はそのまま自動的に記事のリスティングとしてカネを払いネットに流される。

 記事は露出とリスティングを回し続ける。

 金が循環し、記事は常に人目に付くようなところに露出し続ける。

 


 プロパガンダや世論の撹乱をする場合、時には国家単位で予算がつけられ、情報工作が露骨に行われている。

 

 もはやこれは情報戦だ。

 

 

 巨大化したグーグルが希望かもしれないが、グーグルにこうした点についての解決策を追求させようという動きはない。

 逆にグーグルを弱体化させ、グーグルの独占する情報テクノロジを分散させようとユーロでは政治的圧力がかけられているほどだ。

 

 結局、それはこのようなフェイクユーザーがばらまくフェイク記事、フェイク世論を膨張させることにつながるだけでしかないのだが。

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