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【コロナ拡大】ソーシャル・ディスタンスは誤解されている

www.bloomberg.co.jp

 

 この記事で一番注目すべきは、エイズHIVによる死亡者がコロナ感染の死亡者数と比較されている点だと思います。

 論者がつい無意識にエイズとコロナを同列に扱ってしまっているこの記事は、とても特徴的だと思うからです。

 

コロナの感染拡大は続いています。

 ここで、誤解があるような気がしますので、少しひとつの真相について書いてみたいと思います。


 それは「ソーシャル・ディスタンス」ということです。


 「ソーシャル・ディスタンス」というのを直訳すれば、それは「社会的な距離」ということになるでしょうか。


 それがコロナと関係がある。

 いったい、どんな意味においてでしょうか。

 そこにひとつの誤解があります。

 

 いったいどれだけの人々が「ソーシャル・ディスタンス」と言われる意味を理解しているでしょう。

 

 少なくとも、それは「公共の場所で人々と距離を保つ」という意味だけではないということは強調しなければなりません。

 

 

 

  色々と後で述べる経緯によって、我が国の官僚が進言し、政治家が取り入れて使われるようになったコロナ感染拡大を防止するための標語が「ソーシャル・ディスタンス」という言葉でした。

 

 しかし実は、その実態は本当はもっと生々しく、ビビットに説明されるべき言葉だったということです。


 それはひとことで言えば、「他人を信用するな」ということです。

 


 自分と家族以外の他人というのは、普段、どんな生活をしているかは分かりません。

 生計をともにし、一緒に生活しているのでなければ他人の生活実態は分かりません。

 

 すでに当初から言われていることですが、一次感染者たちは、性的な接待を伴う中国人のサービスを受けて感染したかも知れません。

 


 記憶に新しいことですが、武漢から帰国した日本人男性は検査を拒否し、制止を振り切って自宅に帰ってしまいました。

 あれはなぜだったのか。

 陽性であれば隔離され適切な治療を受けることができました。自分の命を守れることなのに、その男性はなぜか帰ってしまった。

 

 「私が陽性であるわけがない」と言い残して。

 彼は憤慨さえしていたのです。

 

 

 しかし動機は違いました。

 

 もし検査して陽性だったら、「武漢で性的サービスを受けていたことが家族にバレる」と、彼は心配したのです。


 その人は50代男性で、武漢に度々出張で訪れていました。

 もちろん武漢は中国のシリコンバレーとして大いに栄えていましたから、当然のことながら風俗業も盛んでした。

 

 中国共産党は恣意的にそうした売春行為を取り締まったり黙認して放置したりします。大いに乱れていたことは想像にかたくありません。

 売春は中国では違法ですが、いざとなればこれを根拠に外国人を逮捕拘束し、海外との取引に使えるからです。

 売春したことが疑われるという状況は命の危険よりも避けたかったのでしょう。

 


 もはや今回の新型コロナが中国発のウィルスであったことは明らかです。

 しかしそれにも拘わらず、この国は中国人をなぜか受け入れてきました。

 それは官僚や政治家の側にも、中国人との性的な接触について思い当たるフシがあったからに違いありません。

 だからコロナを拡散させてしまえば「紛れる」と考えたのかも知れないのです。


 そしてそんな国を売る官僚たちが「春節のインバウンドで国内観光業が儲かる」などと囃し立て、コロナウィルスを拡散させてしまった。

 その春節だからと入国を制限しなかったことは周知のとおりです。

 

 北海道は中国人の人気の観光地でした。

 官僚はそのインバウンド消費を諦められず、北海道にウィルスを拡散させました。

 

 

 そこにはもうひとつの理由があったかも知れません。

 実際のところ、どんな統計的な嘘をつこうが、この国の経済は停滞したままです。

 

 財務省が無理やり崩壊させ、ソフトランディングという生ぬるい方法によって潰されたバブルによって、未だにこの国の経済には大きな後遺症が残っています。

 未だに差し押さえられた当時のバブルの後始末が残っています。その土地にはタワーマンションが作り続けられていることからも明白です。


 まだ日本はバブルの後遺症を引きずっているのです。

 

 

 その失策を隠そうとしたのは官僚たちでした。

 彼らは政策の失敗が表ざたになり、政治家批判から官僚批判に結びつくことを避けようとしました。

 

 今でさえ、官僚たちはマスコミを使っています。

 なぜかマスコミは、本来の政策立案の責任は官僚にありながら、マスメディアは政治家にその責任を求めています。

 

 政治家はまるでスーパーマンのように、コロナ感染症対策や景気対策を立案せよと、マスコミから見当違いの批判に晒されているのです。

 

 

 そのため政治家たちは追い込まれています。

 彼らは議席を失いたくはありません。マスコミで政治家批判のキャンペーンがされることは避けたい。

 だから、政治はどんな景気刺激でも飛びつこうとしててきました。

 それが官僚の無責任な思いつきの政策であることも調べず、政治家はただ飛びついたのです。

 

 そしてたとえ無法者の中国人たちであろうと、どんな独裁政権下の奴隷たち、工作員たちであっても、中国人観光客を受け容れようという官僚の進言に同意してしまったのです。


 それがコロナ感染拡大。このていたらくです。

 今回の外国人の入国制限措置もなぜか中国で春節が始まる前に終わります。

 ご丁寧にもこの国は、春節にあわせてまたも中国からコロナウィルスを呼び込む可能性があります。

 

 

 しかし反面、今、コロナの感染拡大で「他人を信用するな」とできるでしょうか。

 まるでそれは日本人の共同体意識を崩壊させるようなキャッチフレーズとなりかねません。


 しかしコロナを感染させた人々というのは中国とのつながりが必ずどこかであった。

 

 それにも拘わらず、彼らは中国との接点のどこが悪いのだと開き直った。彼らは強弁し、自分たちの後ろめたさを隠し、個人の権利を言い立てたのです。


 一次感染者はそうしてどんどん感染を広げていきました。

 


 妻帯者であっても、そうしてコロナ感染での自粛のストレスを言い訳にして、中国人が提供する性的サービスという享楽に耽った人がいるのかも知れません。

 

 家族への感染という影響を考えず、売春婦との接触という不逞行為をしている人がいるのかも知れません。


 ここにはかつてのエイズの拡大と同じ構図があります。


 道徳的な疑いがあると疑われた人々が、アリバイ作りとばかりに感染を拡大させているのです。

 

 彼らは自分の不埒な行動を隠したいがため、わざわざ人々との接触を好みます。

 なぜこの緊急事態の時機、わざわざ会食を呼びかける必要があるのか。

 それが言い訳、アリバイになるからです。

 

 彼らは言うでしょう。「感染してるなんて知らなかった。心当たりがあるようなことをしていた俺は会合や会食などに参加しやしない!」と。

 

 

 しかし政策としては、もし公然と「他人を信用するな」などと言えば彼らは潜伏するようになります。

 

 ますます感染を意識的に拡大させようとしてしまいます。

 しかもこうした個人の自由を制限できる法律は未整備です。

 

 だから、政府は苦肉の策として「ソーシャル・ディスタンス」という英語を使い出したのです。


 つまりこの意味は、「公共の場で、お互い他人は距離を持ちましょう」などという、生ぬるい意味ではないのです。

 


 「他人を信用するな、感染者の可能性がある。

 彼らは中国人の性的サービスを受けていたり中国人と接触している可能性がある。

 自分の身を守るため、家族を護るため、家族以外を信用するな。 」

 

 実はこれがこの「ソーシャル・ディスタンス」というキャッチフレーズの真意です。

 


 今しも、感染を拡大させているのはそうした、欲求を抑えられない人々です。


 結局、彼らのうち誰も、誰と接触したのか、性的サービスを受けていたとか中国人と付き合いがあったなんて白状することはありません。


 つまり誰も他人のために自らの愚かな行為を正直に告白することなどないのです。

 

 このことがあるからこそ「ソーシャル・ディスタンス」という生ぬるい言い方しかできなかった。


 しかし真意は、「信用ならない人間かどうか疑え」という警告なのです。

 


 この言葉は英語のキャッチフレーズとなって意味が薄められました。

 しかしありていに言ってしまえば、こういう意味があるのだと思います。


 今回のコロナを契機として、家族の絆をもう一度確認する必要があります。

 自分の家族、夫や妻が信用できるかどうか、不逞な裏切りをしていないかどうかを確認すべきです。


 家族が、お互いのことをきちんと考えているかどうか、それをまず家族で考えるべきです。


 少なくとも家族というのは「他人」、「ソーシャル」ではありません。

 

 

 ある種の人々が自分の不埒な行為を隠そうとアリバイ作りのため、このご時勢にわざわざ人々との会食を設定しようとします。

 

 中国人の売春婦の世話になっていた官僚、政策失敗の批判を怖れる官僚、中国勢力とズブズブの政治家が、日本でコロナを拡散させれば言い訳になると感染を拡散させかねない政策を提言し続けています。

 

 こんな状況の中、わざわざ人々が集まろうとする理由などありません。


 感染した覚えのある人が、後ろ暗い事実を隠したいがために、「公共の場で知らずに感染してしまった」と、わざわざアリバイを作るために自ら会食を呼びかけ、わざわざ集まろうとしているのです。

 


 問題は摩り替えられつつあります。

 武漢から発症したこのウィルス拡大の原因は、まず「性的サービス」の疑いが強いと言われていました。

 もう一度そのことを思い出すべきです。

 

 売春婦を買っていたことを勘ぐられたくないため、一次感染者はわざわざウィルスをバラ撒いてきたようなものなのです。

 

 


 このことは何も突飛な推論ではありません。

 このネットの記事が、はからずも連想して比較してしまっているように、すでに昔、エイズで起きた現象とまったく同じことが起きています。

 

 あの時も、エイズを蔓延させる可能性のあった性的に奔放で複数の関係を持っていた人々はわざわざ感染を拡大させています。

 

 別に彼らに自殺願望があるというわけではありません。

 「自分は悪いことをしていない」、その言い訳をしたいがために性的な複数の関係を持ち続け、人を巻き込んだのです。

 

 あの時もマスメディアは「差別につながる」などと言い、逆に感染拡大を容認させるようなミスリードをしました。

 

 あの時と同じことが繰り返されているとしか言えません。

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  今、感染爆発とも言える状況は都市部で起きています。

 

 まさに性的サービスに不自由しないのが都市部です。

 そして中国人、韓国人らが政治家や官僚の売国政策によって滞在しています。

 

 彼らには正規の就労ビザはないので売春ぐらいしかすることはありません。

 

 「ソーシャル・ディスタンス」という標語は、我が国の秩序ある社会で不埒な他人を識別せよとの警告と捉えるべきなのだと私は思います。